2014年03月11日
長篠設楽原の戦い・見聞録 18
広瀬から連吾川に沿いに北へ約2.7㎞、須長の県道21号線脇に強右衛門、金七朗が雁峰山に登り狼煙(のろし)を揚げたという入口がある。


広瀬から雁峰山登り口までの図

雁峰林道の登り口

登り道は掘りようになっている、地元でザバ土と云われ花崗岩が砕けた砂のため流れやすい。

石英、黒雲母などを含んでいる

林道から約700m35分、左に狼煙を揚げた「涼み松」という休憩所に着く、大松の木の下で涼んだのでしょう。

狼煙は見えたでしょうが此処からは樹木で長篠城は見えない。
強右衛門の幼名、元八の文字が岩に彫ってあると言う、元八石


しかし、強右衛門の幼名は兵蔵であったという、二男は元安だったとか。
文字がよく分からない。
樹齢4~500年か枯れている

涼み松・狼煙場と長篠城は直線で約4㎞、雁峰山は草刈場でしたので今のように樹林はなく見通すことができたのでしょう。
狼煙をあげ作手を通り岡崎へ行く。
家康、貞能は何処にいるか?情報は作手で得たか、岡崎に行けば分かりますが、もしかしたら吉田かも解かりませんね。
涼み松・狼煙場、この写真内に・・特定できません

県道の案内板
広瀬から雁峰山登り口までの図
雁峰林道の登り口
登り道は掘りようになっている、地元でザバ土と云われ花崗岩が砕けた砂のため流れやすい。
石英、黒雲母などを含んでいる
林道から約700m35分、左に狼煙を揚げた「涼み松」という休憩所に着く、大松の木の下で涼んだのでしょう。
狼煙は見えたでしょうが此処からは樹木で長篠城は見えない。
強右衛門の幼名、元八の文字が岩に彫ってあると言う、元八石
しかし、強右衛門の幼名は兵蔵であったという、二男は元安だったとか。
文字がよく分からない。
樹齢4~500年か枯れている
涼み松・狼煙場と長篠城は直線で約4㎞、雁峰山は草刈場でしたので今のように樹林はなく見通すことができたのでしょう。
狼煙をあげ作手を通り岡崎へ行く。
家康、貞能は何処にいるか?情報は作手で得たか、岡崎に行けば分かりますが、もしかしたら吉田かも解かりませんね。
涼み松・狼煙場、この写真内に・・特定できません
県道の案内板