2014年06月04日
長篠設楽原の戦い・見聞録 70
三州長篠合戦記などに武田軍退却の様子が次のように書かれている。
21日朝、卯の刻(午前6時)より小競り合いで始まった戦いも次第に激しくなり武田軍の再三に亘る突撃も功を得ず兵を失うに過ぎず、また暑さと疲労が重なり午の刻(正午、12時)になると戦況は決まり武田軍の総崩れとなり勝頼は退却を決め滝川(岩代川・寒狭川)方向へ退く。
渡川も厳しい 長篠橋から下流を見る

長篠発電所を見る、岩がゴツゴツ

鮎滝

連合軍の追撃をかわしながら数千の兵が先陣後備えもなく川岸に辿りつき、同勢に揉まれ川越しようもなく、長刀で軍勢を刎ね(首をはねる、味方同士の切り合いか?)こみ漸く(ようやく)にして渡った。
鵜の首と大淵

橋詰激戦地から下流を見る

鵜の首の上流から

岩また岩です
道橋にて堰落され岩に砕かれ水に溺れ死んだ者数えきれず、と退却の混乱が書かれている。具足を着けた兵は浅瀬なら渡れたが渕では水死したようです。滝川は度合(長篠城の宇連川と寒狭川合流地点)から上流左右岸とも約2.5㌔㍍、花の木公園上までは断崖にて地理に通じていなければ渡川は難しい所です。
発電所導水路堰堤上流

水を抜いた堰堤上、一の滝辺りから上流は渡れそうです。
2010年2月に撮影したものです。
川越えできた兵は二千余だったという。
多くの兵が溺れたのも納得できる地形です。
つづく
発電所堰堤
21日朝、卯の刻(午前6時)より小競り合いで始まった戦いも次第に激しくなり武田軍の再三に亘る突撃も功を得ず兵を失うに過ぎず、また暑さと疲労が重なり午の刻(正午、12時)になると戦況は決まり武田軍の総崩れとなり勝頼は退却を決め滝川(岩代川・寒狭川)方向へ退く。
渡川も厳しい 長篠橋から下流を見る
長篠発電所を見る、岩がゴツゴツ
鮎滝
連合軍の追撃をかわしながら数千の兵が先陣後備えもなく川岸に辿りつき、同勢に揉まれ川越しようもなく、長刀で軍勢を刎ね(首をはねる、味方同士の切り合いか?)こみ漸く(ようやく)にして渡った。
鵜の首と大淵
橋詰激戦地から下流を見る
鵜の首の上流から
岩また岩です
道橋にて堰落され岩に砕かれ水に溺れ死んだ者数えきれず、と退却の混乱が書かれている。具足を着けた兵は浅瀬なら渡れたが渕では水死したようです。滝川は度合(長篠城の宇連川と寒狭川合流地点)から上流左右岸とも約2.5㌔㍍、花の木公園上までは断崖にて地理に通じていなければ渡川は難しい所です。
発電所導水路堰堤上流
水を抜いた堰堤上、一の滝辺りから上流は渡れそうです。
2010年2月に撮影したものです。
川越えできた兵は二千余だったという。
多くの兵が溺れたのも納得できる地形です。
つづく
発電所堰堤