2013年04月20日
東日本大震災・3.11 その後
被災地を訪ねてー4
朝、8時40分発 国道6号線を北へ走る
北茨城市の大津漁港による
今は何もなかったような風景だ

陸地側は津波で家屋は全壊した

家が建ちだしたがカメラの後約100mまで津波が上がってきた。
岡倉天心の「六角堂」も流されたと聞いていたのでよる
天心の住居、津波が床下まできたが助かった

元は右側にも建物はあったという
この絶壁を津波があがってきた、上に屋根が見えます

ボランテアの説明付 彼は近くの方でこの海でウニを獲ったりして遊んだと話していました

流失前の六角堂の写真を写す

再建された六角堂

堂内、ガラスは特殊英国に特注とか

茶室です 囲炉裏・床の間が付いています
よせては返す波を観て何を想ったのでしょうか
海底を捜索し瓦・宝殊(屋根の頭部)六角水晶などを回収した、再建瓦は三州瓦だそうです
水晶は宝殊内に納めてあったようです
天心死後、横山大観が書いた「亜細亜ハ一な里」アジアは一つなり、日本が東南アジアに進出、合わせて書いた

海岸に降り写す 右上に六角堂が見える

後に横山大観の屋敷があった所が観える、大観がここに住むよう勧めた

近くに分骨墓地がある

また、「黄門さんの井戸」もあります


長くなりそう、つづきは明日。
朝、8時40分発 国道6号線を北へ走る
北茨城市の大津漁港による
今は何もなかったような風景だ
陸地側は津波で家屋は全壊した
家が建ちだしたがカメラの後約100mまで津波が上がってきた。
岡倉天心の「六角堂」も流されたと聞いていたのでよる
天心の住居、津波が床下まできたが助かった
元は右側にも建物はあったという
この絶壁を津波があがってきた、上に屋根が見えます
ボランテアの説明付 彼は近くの方でこの海でウニを獲ったりして遊んだと話していました
流失前の六角堂の写真を写す
再建された六角堂
堂内、ガラスは特殊英国に特注とか
茶室です 囲炉裏・床の間が付いています
よせては返す波を観て何を想ったのでしょうか
海底を捜索し瓦・宝殊(屋根の頭部)六角水晶などを回収した、再建瓦は三州瓦だそうです
水晶は宝殊内に納めてあったようです
天心死後、横山大観が書いた「亜細亜ハ一な里」アジアは一つなり、日本が東南アジアに進出、合わせて書いた
海岸に降り写す 右上に六角堂が見える
後に横山大観の屋敷があった所が観える、大観がここに住むよう勧めた
近くに分骨墓地がある
また、「黄門さんの井戸」もあります
長くなりそう、つづきは明日。